その問いから、見える未来が変わった…
あなたは、がんになったら絶対に治すって思っている
私もそうでした…
病気になったんです
なんとかして治すって、誰でも思うし、そう思う。
でも実際、何をやっているかっていうと…
進行したらどうなるのかとか、
本当は治らないんじゃないかとか、
痛みがひどくなればなるほど、どんどん進行しているとか。
そういうふうに思ってしまう。
だって仕方がないじゃない。
がんはステージⅠからステージⅣまであるんだから。
意識では治したいって言いながら、
完全に「治らない」を、どこかで肯定している。
私もがんと診断されたとき、自分で治すって決めたんです。
通常の診療以外にも、自由診療だとか、
内面、心だとか、いろんなことに取り組みました。
カウンセリングも受けた
心のあり方、そういうものに、かなり取り組んだんです。
でも、良くなるどころか、どんどん進行していって…
誰が見ても、あと数日の命。
出血が止まらず救急搬送されて、ヘモグロビンは4。
ほとんど動けない、車椅子に乗るのもやっとな状態。
もう助からない、何をしても無駄っていうところまで落ち込んだんです。
そこでやっと気づいたんです。
ああ、絶対治すって思ってただけで、決めてなかったんだって
なんでかっていうと、そこで諦めたから
これを読んでいるあなたなら、わかるんじゃないでしょうか?
私はもう助からないと言われて、自分でもそう思いました。
だから、諦めました
手放しました
もうお迎えが、くるんだ…そしたら
恐れも痛みとか苦しみとか、わだかまりとかって、どうでもよくなるんですよ。
もういいやって
そしたら、心の中がすーっとフラットになったんですね
その代わり、なんか幸せな気分になったんです。
最後の最後に、お別れを言いたくて、親友に来てもらいました…
そこで、病室で叫ばれたんです。
「死ぬな」って
普通、そんなこと言わないよね。
大丈夫かとか、どうしてるとか、そういう言葉をかけると思うんです
でも開口一番、「死ぬな」って。
呆然としました。
え、いやいや、無理無理っていう呆然ですね。
でも、その直後に、自分の中で声が聞こえたんです。
なんで、死ぬって思っているんだろう。
医師から助からないと言われた
身体も限界だった
だから、自分は死ぬ。
その未来を、私は一度も疑っていなかったんです。
そしたら、
生きてていい
治っていい
自由でいい
っていうのが出てきたんです。
治すって決めたわけじゃないんですよ
生きてていいという許可を出したんです
治っていいという許可を出したんです
自由でいいという未来を確定させたんです
これって何が違うか、考えてみてください。
私の中では、明確に違いました
ああ、これが本当に治すって決めた瞬間なんだなって。
でも、治すっていう言葉は一切使ってないんです。
「絶対に治す」って言っていたときの私は、ずっと病気を見ていたんです。
治るのか、治らないのか。進行しているのか、悪くなっているのか。
でも「生きてていい、治っていい、自由でいい」が出てきたとき、
私は病気じゃなくて、その先の自分を見ていたんです。
あれから6年、元気に生きています。
答えを教えられたわけじゃないんです。
親友の「死ぬな」で、自分の中にあった前提に、初めて気づいただけ。
自分では当たり前だと思っていたこと。
疑ったことすらないこと。
そこに問いが入ったとき、今まで見えていなかったものが見えてくる。
だから私は、問いは真実の鏡だと思っているんです。
あなたは、自分のことを、どう捉えていますか。
今、当然だと思っている未来は、
本当にそれしかないんでしょうか。
問いは真実の鏡
思い込みに気づいたとき、望む未来は現れる。
Kazu

