家族のために頑張っているのに…なぜ自分は苦しいのか

Kazuの記録

考えることは、いつも自分のことよりも家族のこと、
子供のこと、パートナーのこと…
そして、仕事先の同僚、友人、知人のこと。

自分以外のことを、優先している。

気づかない人が多いんじゃないかなって思うんです、よくよく考えると そうしている。

誰かの心配をすることで、それがうまくまとまるようにとか、大げさにならないようにとか。
そういうことをやっている。

これって、何をしているんだろう。

自分にとって、どんな関係があって、何を守っているのか。

・子供には子供の人生
・同僚には同僚の人生
・友人には友人の人生
・自分には自分の人生がある

それをどう生きるかっていうテーマの中で、
自分のことじゃなくて、誰かのことを優先して考えている。

それって、本当どうなんだろう。
そういうジレンマに陥ることって、あるんじゃないかなって思うんですね。

私も、幸せになりたい、お金持ちになりたい、豊かになりたい。
そのためには頑張る
人がやらないことでもやる
我慢してでも、やり抜くのが当たり前だって思っていました。

その後、がんになって、進行して、末期がんになった。

大病をしたことによって、いろんなものを失いました。

仕事を失った
お金を失った

そして、たぶん、いろんな意味で、
また違う見えないものもたくさん失っているんですね。

そこから考えると、

なんで、自分のことをもっと大切にしなかったんだろう。

なんで、幸せになるとか、お金持ちになるとか、そっちを優先していたんだろう。

そもそも、幸せって何なのか?

お金があったら幸せ
お金があったら何でもできる。

そういうふうに考えていたんじゃないかなって思うんですね。

じゃあ、何が重要なのか…

自分を一番大切にできることが、大事なんじゃないかなって思うんです。

自分を大切にできない人が、どうやって他人を大切にできるんだろう。

自分をなおざりにして、やりたいこととか、
考え方とか、全部無視して…
誰かのためにそれをやっているとしたら、それって何なんでしょうね。

何かを守るためなのか
それが当たり前だって、洗脳されてしまっているのか
それとも、それが美徳なのか。

誰かのために何かをするっていうのは、すごく重要だと思うんです。

でも、病気になってしまったり、健康を損ねたりしてしまったら、元も子もないわけで。

誰かをより良くしてあげたり、守ってあげたりする。
そのために、自分をメンテナンスするっていうことが、最低限必要なんじゃないかな。

これが、がんになって、
末期がんで、もうこの世の最後だっていうときに、気づかされたことでした。

今、自分の状態がどうなっているのか
どのように動いているのか
何を重要視しているのか。無意識の中で…

それを知ることで、今の自分を客観的に見ることができたら。

それが連続して続いたらどうなるかって、だいたい想像つくと思うんですね。

ただ、そこに気づいて、どうしたいのか。

自分にとって正しくて、周りにとっても幸せになること。
そういう方向に進んでいけたらいいんじゃないかなって、私は思います。

じゃあ、それをどうやって調べたらいいんだってなりますよね。

いろいろ考えて、いろいろ作ってみたんです。

24の質問に答えるだけで、今の自分の認知の習慣、むしろ行動ですね。
自分がどうやっているのかを知るためのものを、実際に作りました。

自分が何を重要視して、どのような行動をしているのか。
それを知ることで、その後どうしたいかを出したい。

そう思っている人は、「認知の習慣チェック」をやってみてください。

認知の習慣チェック
今、見えている未来は、本当にあなたが選んだものですか。人は、目の前にあるすべてを見ているわけではありません。これまでの経験や、周囲から教えられたこと、「こうするべき」「自分には難しい」といった判断基準によって、無意識のうちに見える選択肢を絞…

Kazu

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